| 朝顔は、奈良時代初に薬用として中国より導入されました。当初は青色のみであった花色も、赤・白などが出現し、文化・文政の頃より観賞用植物として盛んに栽培されるようになりました。「入谷の朝顔」「あさがおの入谷」と世に宣伝されるようになりましたのは、明治中期頃でございますが、入谷の名は、植木師成田屋留次郎の活躍により、顕われております。成田屋は、変化咲の名人であるばかりでなく、今で謂うルポライターで、「三都一朝」と著わし、江戸・京都・浪花から 84品種を選び、田崎草雲の画を以って図説を行い、更に「雨地秋」で、江戸・浪花の珍品を紹介し、「都鄭秋興」では野村文紹の画によって、各地124品種を紹介しております。また、「花合せ会」などを各地で開いたプロディーサーでもあり、入谷朝顔の始祖とも言えるでしょう。入谷中央商店街公式ホームページ |